― なぜ「忙しい」は、最強の言い訳になるのか
「最近どうですか?」
そう聞かれて、反射的に
「いや、忙しくて」
と答えた経験は、多くの人にあるだろう。
ここで言う「忙しい」は、
必ずしも事実としての多忙を意味していない。
むしろこの言葉は、
説明を終わらせるための言語として使われている。
なぜ「忙しい」は、
これほどまでに便利で、反論されにくいのか。
そしてなぜ、人はこの言葉を口癖のように使うようになるのか。
「忙しい」は他人への説明ではない
まず押さえておきたいのは、
「忙しい」という言葉の主な用途は、
他人を納得させることではないという点だ。
本当の目的は、
自分自身を納得させることにある。
・やるべきだと分かっている
・重要だとも思っている
・でも、手をつけていない
この状態は、心理的に居心地が悪い。
その違和感を、最も簡単に解消できる言葉が
「忙しい」なのである。
「忙しい」は努力の証明になる
組織でも個人でも、
「忙しい」という言葉は、奇妙な安心感を伴う。
忙しい = 何かをしている
忙しい = 怠けていない
忙しい = 責任感がある
こうした連想が、無意識に働く。
つまり「忙しい」と言うことで、
行動していない事実を、努力している印象で上書きできる。
これは、非常にコストパフォーマンスの高い自己防衛だ。
なぜ「やらない理由」として最強なのか
「忙しい」が最強の理由は、
ほとんど反論の余地がない点にある。
・「優先度が低い」→ 判断を問われる
・「難しい」→ 能力を疑われる
・「まだ迷っている」→ 決断力を問われる
一方で、
「忙しくて」
は、誰も深追いしない。
忙しさは、
説明責任を自動的に打ち切る言葉なのだ。
実行を避けたいとき、人は忙しくなる
ここで重要なのは、
「忙しい」と言う人が、必ずしも暇ではないという点だ。
多くの場合、実際に忙しい。
だがその忙しさの中身は、
実行を伴わない活動で埋められていることが多い。
・会議
・調整
・資料作成
・連絡対応
これらは必要な仕事ではあるが、
失敗のリスクが低く、評価が下がりにくい。
その結果、
実行を伴う行動ほど後回しにされ、
忙しさだけが積み上がっていく。
忙しさは「決断」を先送りする装置になる
実行には、必ず決断が伴う。
・この方向で行くと決める
・失敗の可能性を引き受ける
・評価に晒される
これらは、時間よりも
精神的な負荷(認知コスト)が大きい。
忙しい状態を保つことで、人はこうできる。
・考えなくて済む
・決めなくて済む
・評価を引き受けなくて済む
忙しさは、
決断を回避するための、極めて優秀な環境になる。
「忙しい」は怠慢の言葉ではない
ここで誤解してはいけない。
「忙しい」を理由にする人は、
怠けているわけでも、無能なわけでもない。
むしろ多くの場合、
合理的に振る舞っている。
やることで失うものが大きく、
やらないことで失うものが見えにくい環境では、
「忙しい」と言って距離を取るのは、自然な選択だ。
第1回のまとめ
「忙しい」という言葉は、
- 時間の話ではない
- 努力の証明装置であり
- 決断と実行を先送りするための言語
である。
それは他人への言い訳ではなく、
自分自身を納得させるための言葉だ。
では、どうすれば人は
この「忙しい」という言葉から抜け出せるのか。
次回は、
時間はあるのに、なぜ動けないのか
という問いから、
実行を止める本当の正体――
認知資源と自己評価の問題を掘り下げていく。

