【連載】静かに修正不能になる組織|第3回

― 判断を組織全体に届けるために

判断しているつもりで、判断していないマネージャー

多くのマネージャーは、こう言われると戸惑う。

「自分は日々、判断している」

「決裁もしているし、指示も出している」

それは事実だろう。

ほとんどのマネージャーは、忙しく、真面目に仕事をしている。

判断を放棄している人は、むしろ少数だ。

それでも組織は、

「誰も判断していない状態」に陥ることがある。

この矛盾は、どこから生まれるのか。


判断と作業は、似ていてまったく違う

判断とは、選択することだと思われがちだ。

Aにするか、Bにするか。

やるか、やらないか。

だが実際には、

判断と作業は別の行為である。

作業は、

・決められた枠の中で

・決められた目的に向かって

・正確に実行すること

一方、判断は、

・枠そのものが妥当か

・目的は変わっていないか

・この選択がどこに波及するか

を含んでいる。

多くのマネージャーが行っているのは、

判断ではなく、判断された前提の中での作業だ。

それ自体は悪くない。

だが、全員がその状態になると、

組織全体としての判断は、宙に浮く。


「自分の範囲では正しい」という罠

判断が不在になる組織には、

よく見られる言葉がある。

「自分の範囲では正しい」

「言われた通りにやっている」

「前例を踏襲している」

これらは、どれも間違っていない。

むしろ、責任感の表れでもある。

だが、この言葉が増えたとき、

組織は危険な状態に入っている。

なぜなら、

判断が“部分”に閉じてしまっているからだ。

誰も

「それが積み重なった結果、全体はどうなるのか」

を引き受けていない。


判断の影響範囲を想像しないということ

判断の本質は、

正しさではない。

影響範囲を想像することにある。

・この判断は、次の工程に何を強いるか

・この判断は、別の部署の選択肢を狭めないか

・この判断は、修正可能性を残しているか

すべてを見通すことはできない。

だが、

「どこまで届くかを考えようとする姿勢」

があるかどうかで、結果は大きく変わる。

判断しているつもりで判断していない状態とは、

影響範囲を想像しないまま、選択だけを繰り返すことだ。


決裁が多い組織ほど、判断が少ないことがある

興味深いことに、

決裁フローが多い組織ほど、

判断が少なくなることがある。

・形式的な承認

・責任の分散

・「上が決めるだろう」という期待

こうした構造の中では、

判断は上に送られ、

同時に中身を失っていく。

結果として、

誰も全体に責任を持たない決定が積み上がる。

これは、

個人の怠慢ではなく、

判断が薄まる構造の問題だ。


判断しないほうが合理的になる瞬間

判断が届かない組織では、

やがてこんな空気が生まれる。

・言っても変わらない

・余計なことを言うと面倒になる

・考えないほうが早い

このとき、人は壊れているのではない。

合理的に振る舞っている

判断しても影響しない。

影響しない判断に、コストをかける意味はない。

こうして、

考えないことが最適解になる。

組織は静かに、

思考を失っていく。


判断とは、引き受けることだ

判断は、

選ぶことでも、決めることでもない。

引き受けることだ。

・この判断が何を変えるのか

・何を壊す可能性があるのか

・どこまで責任を持つのか

それを完全に制御できなくてもいい。

だが、

「自分の判断は、どこにも波及しない」

と思い始めた瞬間、

判断は消える。

次回は、

こうして判断が届かなくなった組織で起きる

「静かな撤退」について扱う。

声を上げない人たちは、

何を考え、

どこへ行ってしまうのか。


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