【連載】静かに修正不能になる組織|第5回(最終回)

― 判断を組織全体に届けるために

判断を、組織全体に届けるということ

判断とは、決めることだと思われがちだ。

だが、ここまで見てきたように、

決めるだけでは、組織は修正可能にはならない。

判断が修正可能性を持つかどうかは、

その判断が

どこまで届いているか

によって決まる。

組織が静かに修正不能になるのは、

判断が誤ったからではない。

判断が、途中で止まってしまったからだ。


判断は「伝えるもの」ではなく「届くもの」

多くの組織で、

判断を届けるという話になると、

すぐに「説明」や「共有」の問題にされる。

・ちゃんと説明した

・資料も出した

・会議で共有した

それでも現実は変わらない。

なぜか。

判断は、

伝えたかどうかではなく、影響が及んだかどうか

で初めて意味を持つからだ。

判断を届けるとは、

情報を流すことではない。

次の判断に影響を与える状態をつくることである。


説得ではなく、構造で判断を動かす

判断が届かない組織では、

しばしば「説得」が試みられる。

・納得してもらう

・理解してもらう

・腹落ちさせる

だが、説得には限界がある。

人の意識を変えることは、

最もコストが高く、再現性が低い。

判断を組織全体に届けたいなら、

やるべきは説得ではない。

構造を変えることだ。

・判断が、どこで止まっているか

・次の判断者が、何を前提にしているか

・修正が可能な余地が残っているか

これらを設計し直すことで、

判断は自然に伝播する。


俯瞰を「個人の能力」にしない

ここで改めて、

この連載の中心にあった問いに戻りたい。

全てのマネージャーが俯瞰的である必要はない。

しかし、俯瞰が不在の組織は、必ずどこかで修正不能になる。

重要なのは、

俯瞰を「誰かの才能」にしないことだ。

・あの人は視野が広い

・この人は戦略的だ

そうした評価に依存している限り、

その人が黙った瞬間、

組織は修正不能になる。

俯瞰は、

人ではなく、回路として存在していなければならない。


判断が届く組織に共通すること

判断が組織全体に届いている組織には、

いくつかの共通点がある。

・前提が言語化されている

・違和感を言っても、罰がない

・修正することが失敗とみなされない

・「なぜそう決めたか」が残る

これらは、

高度な人材が揃っているから実現するのではない。

判断が届くように設計されているから起きる。


修正可能性とは、余白のことである

修正可能な組織とは、

正解を出し続ける組織ではない。

・間違える

・想定を外す

・読み違える

それでも戻れる。

なぜなら、

判断に余白があるからだ。

この余白を消してしまうのが、

「判断は上がするものだ」

「決まったことに従えばいい」

という空気である。


判断を引き受けるという責任

最後に、

マネージャーという立場について触れておきたい。

マネージャーの責任とは、

正しい判断をすることではない。

判断が、どこまで届くかを想像し続けることだ。

すべてを見通す必要はない。

だが、

「自分の判断は、ここで終わりではない」

と理解しているかどうかで、

組織の未来は大きく変わる。


静かに修正不能になる前に

組織は、

大きな音を立てて壊れるわけではない。

判断が届かなくなり、

思考が使われなくなり、

人が静かに撤退する。

その結果として、

気づいたときには戻れなくなる。

この連載が問いかけてきたのは、

誰が悪いか、ではない。

判断は、ちゃんと届いているか。

修正できる余地は、残っているか。

それだけだ。


おわりに

すべてのマネージャーが俯瞰的である必要はない。

だが、

自分の判断が組織全体に影響を与えると理解していないマネージャー」が増えたとき、

組織は静かに修正不能へ向かう。

この事実だけは、

どんな組織にも例外なく当てはまる。

判断を、組織全体に届ける。

それは特別な能力ではない。

修正可能な未来を、組織に残すための最低条件である。

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