「伝わると思っている」は本当に“伝わる”のか
「伝わったつもり」との距離感
私たちは日々、説明し、相談し、会議に出て、指示を出して働いています。
しかし、ときどきこんな場面に出くわしませんか。
- 説明したはずなのに誤解された
- 会議で決まったはずなのに実行が止まる
- 確認、相談をしたら「わかりません」と返される
この違和感は、単なる「伝達ミス」ではありません。
それは私たちの思い込みが現実を飛び越えてしまった結果です。
「伝わると思っている」の正体
仕事の現場では、経験や専門性が高まるほど、
自分の思考プロセスが短縮されて見えるようになります。
これは一面では効率ですが、同時に落とし穴でもあります。
- 自分の中では因果がくっきりつながっている
- 継ぎ目のない説明が頭の中にある
- 「これは普通、わかるでしょ」と思ってしまう
この状態では、実際には多くの前提や判断根拠が言語化されないまま進んでしまいます。
なぜそれが問題なのか
誰かに説明するという行為は、
ただ情報を出すことではありません。
本当に伝わるということは、
相手がそのまま動ける状態にすること
です。
言葉で説明しただけではなく、
- 結論だけでなく理由が見える
- 次に何をすべきかが分かる
- どこが未確定かが整理されている
という状態にして初めて“伝わった”と言えるのです。
しかし私たちは往々にして、
情報を出したら伝わるはず
と思い込みがちです。
その角度から見ると、
「伝わる」と「伝えた」は似て非なるものです。
自分では“伝わっている”つもりの落とし穴
では、なぜ私たちは「伝わる」と思ってしまうのか――
それは、自分の思考が“圧縮された形”で見えてしまうからです。
例えば、過去に何度も説明して慣れているテーマだと、
- どの前提を共有する必要があるか
- どの程度の説明が必要か
という感覚が薄れてしまいます。
結果として、
これぐらいで伝わるだろう
という基準が、知らぬ間に自分基準になってしまうのです。
仕事の本質は「他者の時間への介入」である
ここまで来ると見えてくるのが、本連載のテーマです。
仕事とは、単独で完結する行為ではありません。
説明も、相談も、会議も、指示も、すべてが他者の時間を使う行為です。
そして時間は、
- 取り戻せない
- 蓄積できない
- 平等ではない
という特性を持っています。
他者の時間を如何に扱うか。
これはスキルやテクニックの話ではなく、倫理の話です。
そしてこの倫理を意識できるかどうかが、
“伝える”と“伝わる”の間にある溝を埋める鍵になります。
次回予告
次回は、「伝わらない前提で話すとは何か」について考えます。
経験や専門性が高いほど陥りやすい“伝わったつもり”の落とし穴を、
もう一歩実務に近い視点で掘り下げていきます。

