【連載】他者の時間を扱うということ|第2回

「なぜできない?」は問いではない

職場でよく聞く、あの一言

仕事をしていると、こんな言葉を耳にすることがあります。

  • 「なぜできないの?」
  • 「普通、わかるよね」
  • 「前にも言ったよね」

言われた側としては、

正直、あまり前向きな気持ちにはなりません。

一方で、言っている側も

「怒りたいわけではない」

「ただ状況を知りたいだけ」

というケースが少なくありません。

では、このすれ違いはどこから生まれるのでしょうか。

「なぜできない」は、実は質問ではない

「なぜできない?」は、

文法的には疑問文です。

ただし、仕事の現場では

本当の意味で理由を知ろうとしているケースは多くありません。

多くの場合、そこに含まれているのは、

  • できているはず
  • わかっているはず
  • 想定どおりに進んでいるはず

という前提です。

つまり、

できない理由を探す問い

ではなく、

できないことへの違和感や苛立ちの表明

になってしまっている。

この時点で、会話は「理解」から離れ始めます。

問題は能力ではなく、前提のズレ

実務で起きる「できない」の多くは、

能力不足ではありません。

たいていは次のどれかです。

  • ゴールの認識が違う
  • 前提条件が共有されていない
  • 判断基準が曖昧
  • 優先順位が食い違っている

つまり、前提のズレです。

ところが「なぜできない?」という言葉は、

このズレを確認する代わりに、

相手の側に原因を押し出してしまいます。

怒りは性格の問題ではない

ここで大事なのは、

この状態を「性格がきつい」「短気な人」と

個人の問題にしないことです。

多くの場合、怒りや苛立ちは、

  • 伝わっていると思っていた
  • 共有できていると思っていた
  • 説明は十分だと思っていた

という期待が裏切られた感覚から生まれます。

裏を返せば、

伝わらない前提で進めていない

というだけの話でもあります。

他者理解がある人は、問いが違う

他者理解がある人は、

「なぜできない?」ではなく、

次のような問いを自然に使います。

  • 「どこで止まりましたか?」
  • 「どこまで共有できていましたか?」
  • 「前提、揃っていましたかね?」

ここで注目したいのは、

相手を責めていないことです。

焦点は常に、

  • どこでズレたか
  • 何が足りなかったか

という「構造」に向いています。

時間の使い方として見ると、違いがはっきりする

この違いを「他者の時間」から見ると、

さらに分かりやすくなります。

  • 「なぜできない?」→ 相手に説明責任を押し戻す→ 追加の説明・防衛・沈黙が発生する
  • 「どこで止まった?」→ 情報を早く回収できる→ 修正が早く終わる

どちらが短時間で前に進めるかは明らかです。

怒りは、時間を節約しているようで、

実は一番時間を浪費します。

「伝わると思っていた」ことに気づけるか

この回で一番お伝えしたいのは、

次の一点です。

問題は「なぜできないか」ではなく、

「伝わると思っていたことに気づけるか」

ここに気づけると、

  • 説明の仕方が変わる
  • 会話のトーンが変わる
  • 無駄なやり取りが減る

結果として、

他者の時間を奪いにくい仕事になります。

次回予告

次回は、

「会議」「相談」「説明」といった場面を、

他者の時間への介入という視点から掘り下げます。

会議が長くなる理由、

価値のある相談とそうでない相談の違いは、

すべてこの視点で整理できます。

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