「なぜできない?」は問いではない
職場でよく聞く、あの一言
仕事をしていると、こんな言葉を耳にすることがあります。
- 「なぜできないの?」
- 「普通、わかるよね」
- 「前にも言ったよね」
言われた側としては、
正直、あまり前向きな気持ちにはなりません。
一方で、言っている側も
「怒りたいわけではない」
「ただ状況を知りたいだけ」
というケースが少なくありません。
では、このすれ違いはどこから生まれるのでしょうか。
「なぜできない」は、実は質問ではない
「なぜできない?」は、
文法的には疑問文です。
ただし、仕事の現場では
本当の意味で理由を知ろうとしているケースは多くありません。
多くの場合、そこに含まれているのは、
- できているはず
- わかっているはず
- 想定どおりに進んでいるはず
という前提です。
つまり、
できない理由を探す問い
ではなく、
できないことへの違和感や苛立ちの表明
になってしまっている。
この時点で、会話は「理解」から離れ始めます。
問題は能力ではなく、前提のズレ
実務で起きる「できない」の多くは、
能力不足ではありません。
たいていは次のどれかです。
- ゴールの認識が違う
- 前提条件が共有されていない
- 判断基準が曖昧
- 優先順位が食い違っている
つまり、前提のズレです。
ところが「なぜできない?」という言葉は、
このズレを確認する代わりに、
相手の側に原因を押し出してしまいます。
怒りは性格の問題ではない
ここで大事なのは、
この状態を「性格がきつい」「短気な人」と
個人の問題にしないことです。
多くの場合、怒りや苛立ちは、
- 伝わっていると思っていた
- 共有できていると思っていた
- 説明は十分だと思っていた
という期待が裏切られた感覚から生まれます。
裏を返せば、
伝わらない前提で進めていない
というだけの話でもあります。
他者理解がある人は、問いが違う
他者理解がある人は、
「なぜできない?」ではなく、
次のような問いを自然に使います。
- 「どこで止まりましたか?」
- 「どこまで共有できていましたか?」
- 「前提、揃っていましたかね?」
ここで注目したいのは、
相手を責めていないことです。
焦点は常に、
- どこでズレたか
- 何が足りなかったか
という「構造」に向いています。
時間の使い方として見ると、違いがはっきりする
この違いを「他者の時間」から見ると、
さらに分かりやすくなります。
- 「なぜできない?」→ 相手に説明責任を押し戻す→ 追加の説明・防衛・沈黙が発生する
- 「どこで止まった?」→ 情報を早く回収できる→ 修正が早く終わる
どちらが短時間で前に進めるかは明らかです。
怒りは、時間を節約しているようで、
実は一番時間を浪費します。
「伝わると思っていた」ことに気づけるか
この回で一番お伝えしたいのは、
次の一点です。
問題は「なぜできないか」ではなく、
「伝わると思っていたことに気づけるか」
ここに気づけると、
- 説明の仕方が変わる
- 会話のトーンが変わる
- 無駄なやり取りが減る
結果として、
他者の時間を奪いにくい仕事になります。
次回予告
次回は、
「会議」「相談」「説明」といった場面を、
他者の時間への介入という視点から掘り下げます。
会議が長くなる理由、
価値のある相談とそうでない相談の違いは、
すべてこの視点で整理できます。

