【連載】他者の時間を扱うということ|第3回

会議や相談は「時間をもらっている」行為である

会議が終わったあとに残る、あの感覚

会議が終わったあと、こんな感想を持ったことはないでしょうか。

  • 何を決めたのか、よく分からない
  • 結局、次に何をすればいいのか曖昧
  • 時間だけが過ぎた気がする

一方で、同じ60分でも、

  • 話が早かった
  • 迷いが減った
  • その後の作業が一気に進んだ

という会議も、確かに存在します。

この違いは、進行スキルや発言量の差ではありません。

もっと手前の認識の違いです。

会議や相談は「他者の時間への介入」

会議、相談、説明。

どれも日常的な業務ですが、少し角度を変えて見ると、

共通点があります。

それは、

他者の時間を一斉に使っている

という点です。

参加者はそれぞれ、

  • 本来やるはずだった作業
  • 思考していたテーマ
  • 集中していた流れ

を一度止めて、その場に来ています。

つまり会議とは、

「集まるのが当たり前の場」ではなく、

時間をもらって成立している場です。

この認識があるかどうかで、会議は変わる

「他者の時間を使っている」という自覚がある人は、

自然と次のことを考えます。

  • なぜ集まる必要があるのか
  • ここで揃えたい認識は何か
  • 終わったとき、何が変わっているべきか

逆に、この自覚が薄いと、

  • とりあえず集める
  • 話しながら考える
  • 決まらなくても仕方ない

という進め方になりがちです。

どちらが良い・悪いというより、

時間に対する姿勢の差が、そのまま会議の質に表れます。

「会議は無駄だ」と言いたいわけではない

ここで誤解してほしくないのは、

「会議は悪だ」「相談するな」という話ではありません。

問題なのは、

  • 会議を開くことではなく
  • 時間を使っているという前提が抜け落ちること

です。

前提が抜けると、

  • 目的が曖昧でも進めてしまう
  • 決まらなくても区切らない
  • 誰のための時間かが分からなくなる

結果として、

「なんとなく疲れる会議」が量産されます。

価値のある会議は、何をしているか

価値のある会議には、共通点があります。

  • 何を揃える場なのかが明確
  • 全員が同じ問いを見ている
  • 終了時点で「これが決まった」と言える

逆に言えば、

認識が揃っていないまま終わる会議は、

他者の時間を使い切れていない

とも言えます。

相談も同じ構造を持っている

相談も、会議とまったく同じです。

  • 何を相談したいのか
  • どこが未確定なのか
  • 何を決めたいのか

これが整理されていないまま相談すると、

相手はその場で考えることになります。

つまり、

自分が使うはずだった思考時間を、

他者の時間に移している

という状態です。

これは協働ではなく、

単なる時間の移動です。

「時間を奪っている」と考えると、行動が変わる

少し強い言葉ですが、

会議や相談を

他者の時間を奪っている行為

と捉えると、行動が変わります。

  • 事前に整理しようとする
  • 不要な人を呼ばなくなる
  • 早く終わらせようと判断できる

これはストイックさではなく、

他者理解の自然な帰結です。

次回予告

次回は、

「すんなり届くパス」という視点から、

情報共有やアウトプットの質を掘り下げます。

なぜ「情報を出したのに進まない」のか。

その答えは、

情報と“使える資材”の違いにあります。

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