前回は、AIに何を問うのか、その前には自分なりの「仮説」が必要ではないか、という話をしました。
「何が起きているのか」
「原因は何ではないか」
「何を確かめればよいのか」
そうした仮説があるから、AIに対する問いが生まれます。
では、その仮説はどこから生まれるのでしょうか。
今回は、その土台となる「基礎知識」について考えてみます。
AIが知っているなら、自分は知らなくてもいい?
生成AIを使っていると、こんな疑問が浮かびます。
「これだけAIが何でも答えてくれるなら、自分で覚えておく必要はないのではないか」
確かに、単純に情報を調べるだけなら、その通りかもしれません。
会計、法律、マーケティング、IT、経営理論。
以前なら、本を調べたり、検索したり、詳しい人に聞いたりしていたことを、AIは数秒で整理してくれます。
知識を「必要なときに取り出す情報」と考えるなら、自分の頭の中にすべて持っておく必要性は小さくなっています。
では、AI時代には基礎知識が不要になるのでしょうか。
私は、むしろ逆ではないかと考えています。
頭の中に「図書館」はあるか
基礎知識というと、
「どれだけたくさんのことを覚えているか」
と考えがちです。
しかし、AI時代に必要な基礎知識は、少し違うのかもしれません。
例えば、大きな図書館を想像してみます。
図書館にある本をすべて読んで、内容を覚えている人はいません。
それでも、分類体系を知っていれば、
「この問題なら、このあたりの棚を探せばよい」
と見当をつけることができます。
そして必要になれば、その棚から本を探せばよい。
仕事に必要な基礎知識も、これに近いのではないでしょうか。
頭の中に、図書館の分類体系とインデックスを持っているか。
これが重要になります。
売上が落ちた。そのとき何を見るか
例えば、会社の売上が落ちているとします。
「売上が落ちた」という事実だけでは、何をすればよいのか分かりません。
しかし基礎知識があれば、
顧客数はどうか。
購入頻度はどうか。
客単価はどうか。
商品別ではどうか。
地域別ではどうか。
競合はどうか。
市場そのものはどうか。
営業活動に変化はなかったか。
と、いくつかの「棚」が頭に浮かびます。
すぐに答えが分からなくても構いません。
重要なのは、
どこを探せばよいのか、見当がつくことです。
前回取り上げた「仮説」も、何もないところから突然生まれるわけではありません。
頭の中にいくつかの棚があるから、
「もしかすると、こちらではないか」
と考えることができます。
AIは、とても優秀な司書
この図書館の比喩で考えると、AIは非常に優秀な司書のような存在です。
こちらが頼めば、
情報を探す。
整理する。
比較する。
要約する。
別の視点を提示する。
場合によっては、読むべき「本」まで作ってくれる。
しかも、猛烈な速さです。
これほど便利な司書は、これまでいませんでした。
しかし、自分の頭の中に分類体系がなければどうでしょう。
巨大な図書館の入口で、
「何か良い本はありませんか?」
と聞いているような状態になります。
AIは、それでも何かを持ってきてくれます。
問題は、
それが本当に自分が探すべき棚の本なのか、こちらが判断できないことです。
知らないことより、知らないことに気づけない
基礎知識がないことの問題は、単に「答えを知らない」ことではありません。
もっと大きな問題があります。
自分が何を知らないのか分からないことです。
例えばAIが、ある経営課題について五つの論点を提示したとします。
その五つがきれいに整理されていれば、それだけで十分なように見えるかもしれません。
しかし、本来検討すべき六つ目の論点が抜けていたらどうでしょう。
その領域について何も知らなければ、
「何かが抜けている」
こと自体に気づけません。
AIが間違ったことを言ったときだけが問題なのではありません。
AIが言わなかったことを、こちらが認識できない。
これも大きな問題です。
基礎知識は「答えるため」だけのものではない
これまで基礎知識は、
「知っているから答えられる」
という意味で評価されることが多かったように思います。
しかし、AIが多くの「答えっぽい何か」を瞬時に生成する時代には、知識の役割が変わります。
知識があるから、
問いを立てられる。
仮説を作れる。
AIの回答に違和感を持てる。
不足している論点に気づける。
そして、
「これは自分だけで判断してはいけない」
と判断することもできます。
つまり基礎知識は、
答えを持つためのものから、答えを評価するためのものへ。
その役割が広がっているのではないでしょうか。
マネージャーは専門家でなくていい
これは特に、マネージャーにとって重要だと思います。
マネージャーが、すべての領域の専門家になる必要はありません。
財務の専門家。
人事労務の専門家。
法律の専門家。
ITの専門家。
マーケティングの専門家。
すべてを一人で担うことはできません。
しかし、
「これは財務の問題でもありそうだ」
「労務上の確認が必要ではないか」
「セキュリティの観点が抜けているのではないか」
「ここから先は専門家に確認すべきだ」
と気づくためには、それぞれについて一定の基礎知識が必要です。
専門書を暗記する必要はありません。
しかし、
頭の中に、その棚が存在している必要はあります。
AI時代の「知っている」とは
AIが大量の知識を持っている。
だから、人間は知識を持たなくてよい。
一見すると合理的に聞こえます。
しかし、AIが持ってきた情報をどこに置くのか。
何と結びつけるのか。
何が抜けているのか。
どこから先は専門家に聞くべきなのか。
それを判断するためには、人間側にも知識の構造が必要です。
本を全部覚える必要はありません。
図書館に何冊の本があるのかを覚える必要もありません。
それでも、
どんな棚があり、
それぞれの棚には何が置かれていて、
自分はいま、どの棚を見ているのか。
そのくらいは分かっていたい。
AI時代に必要なのは、巨大な知識倉庫を頭の中につくることではありません。
頭の中に「図書館」をつくること。
それが、AIと付き合うための基礎になるのではないでしょうか。
では、その図書館を使って、AIが持ってきた「答えっぽい何か」をどう評価すればよいのでしょうか。
次回は、
「AIの答えを判断できるか」
について考えてみたいと思います。

