前回は、AI時代のマネージャーの仕事について考えました。
問う。
評価する。
決める。
動かす。
修正する。
そして、引き受ける。
AIが「答えっぽい何か」を大量に作れるようになったからこそ、こうしたマネジメント本来の役割が、むしろ見えやすくなっているのではないか。
そんな話をしました。
では、こうした力は、どうやって身につければよいのでしょうか。
最終回は、「教育」について考えてみます。
AI研修で、何を教えるのか
生成AIの導入に合わせて、社内研修を行う企業も増えてきました。
生成AIとは何か。
どんなサービスがあるのか。
どう質問すればよいのか。
どんな業務に使えるのか。
情報漏えいを防ぐために何に注意するのか。
こうした教育は必要です。
AIを使ったことがない人に、いきなり「使いこなしてください」と言っても難しいでしょう。
基本的な使い方を知ることは、AI活用の入口になります。
ただ、それだけで十分でしょうか。
プロンプトが上手になれば、仕事ができるのか
AI研修では、「良いプロンプトの書き方」が取り上げられることがあります。
目的を明確にする。
役割を与える。
条件を具体的にする。
出力形式を指定する。
これらは、AIを使う上で有効な技術です。
しかし、この連載で考えてきたことを振り返ると、それだけでは足りません。
そもそも何を聞けばよいのか分からない。
AIが出した回答のどこがおかしいのか分からない。
重要な論点が抜けていても気づかない。
複数の選択肢が出てくると決められない。
こうした状態で、プロンプトの書き方だけが上手になったらどうなるでしょう。
もしかすると、
「答えっぽい何か」を、以前より上手に作れるようになるだけ
かもしれません。
AIの操作方法と、AIを使って仕事をする能力は、同じではありません。
問うためには、仮説がいる
第2回では、「AIに何を問うのか」について考えました。
AIに質問する前に、
何が起きているのか。
原因は何ではないか。
何を確かめればよいのか。
自分なりの仮説を持つ。
良い質問文を書くことより、その前に良い仮説を持つことが重要なのではないか、という話でした。
だとすれば、必要な教育の一つは、
仮説を立てる訓練
です。
正解を当てることが目的ではありません。
限られた情報から、
「こういうことではないか」
と一度考えてみる。
そして、何を調べればその仮説を確かめられるのかを考える。
AIは、その検証を強力に支援してくれます。
しかし、最初の仮説までAIに丸投げしてしまえば、自分はAIが出した選択肢の中だけで考えることになります。
頭の中に「図書館」をつくる
第3回では、基礎知識について考えました。
AIが何でも教えてくれる時代に、なぜ人間が知識を持つ必要があるのか。
そこで使ったのが、「頭の中の図書館」という例えでした。
すべての本を覚える必要はない。
しかし、
どんな棚があるのか。
どこを探せばよいのか。
自分が何を知らないのか。
それくらいは分かっている必要がある。
これは教育について考える上でも重要です。
AI時代だから、知識教育が不要になるわけではありません。
むしろ、
知識を覚えることから、知識を構造として持つことへ。
教育の目的を少し変える必要があるのかもしれません。
財務。
会計。
人事労務。
法務。
マーケティング。
IT。
自分の仕事に関係する分野について、専門家になる必要はなくても、どんな論点が存在するのかを知っておく。
頭の中に「棚」をつくる。
その棚があるから、AIが持ってきた情報を置く場所ができます。
「本当にそうなのか」を考える
第4回では、AIの回答を判断するための論理思考について考えました。
事実なのか。
解釈なのか。
前提は正しいのか。
因果関係は成立しているのか。
その数字に根拠はあるのか。
別の説明はできないのか。
AIの文章は非常に自然です。
だからこそ、
「本当にそうなのか」
と立ち止まる習慣が必要になります。
これも、AIだけの教育ではありません。
もともと仕事をする上で必要だった力です。
AIによって、その重要性がより大きくなっただけなのかもしれません。
判断する訓練
そして、第5回では「判断」について考えました。
AIは選択肢を提示できます。
比較できます。
推奨案も出せます。
しかし、最後に、
「私は、こう判断します」
と言うのは人間です。
だとすれば、企業の教育では、
判断する経験
そのものを増やす必要があります。
正解が決まっている問題だけを解かせるのではなく、
情報が足りない。
どの案にもメリットとデメリットがある。
それでも、どこかで決めなければならない。
そんな状況で、
「あなたならどうするのか」
と問う。
そして、
「なぜ、そう判断したのか」
を説明してもらう。
判断が外れたとしても、そこで終わりではありません。
何が違ったのか。
どの前提が間違っていたのか。
次はどう判断するのか。
そこまで振り返る。
AI時代には、こうした訓練が以前より重要になるのではないでしょうか。
AIを「答え合わせ」に使わない
教育でAIを使うとき、少し注意したいことがあります。
何か課題を出す。
すぐAIに聞く。
AIの回答を読む。
それで終わる。
これでは、AIが答え合わせの装置になってしまいます。
むしろ、
まず自分で考える。
仮説を出す。
判断する。
その後でAIに、
「この考えに反論してください」
「見落としている論点を挙げてください」
「別の立場から評価してください」
と聞く。
そして、もう一度自分で考える。
こうした使い方の方が、教育としては面白いように思います。
AIに答えを教えてもらうのではなく、
AIを、自分の思考を揺さぶる相手として使う。
AIは、そのための非常に優れた教材にもなります。
AI教育ではなく、AI時代の人材教育
ここまで考えると、企業に必要なのは「AI教育」だけではないことが分かります。
もちろん、AIの仕組みや使い方、リスクについて学ぶことは必要です。
しかし、それと同時に、
基礎知識。
仮説思考。
論理思考。
判断。
そして、判断した結果を引き受ける経験。
こうしたものを育てる必要があります。
つまり、
AIを使える人を育てるのではなく、AIを使って考えられる人を育てる。
ということです。
AIが考えてくれる時代だからこそ

この連載の第1回では、
「AIに聞いてみました」
という言葉から始めました。
AIに聞くことに問題があるわけではありません。
私自身も、毎日のようにAIに相談しています。
調べてもらう。
整理してもらう。
反論してもらう。
アイデアを出してもらう。
文章について相談する。
AIは、とても優秀な相談相手です。
しかし、
AIに聞いたことと、自分で考えたことは同じではありません。
AIが返してくる「答えっぽい何か」を、そのまま答えにするのか。
そこから問い直すのか。
自分の知識と照らし合わせるのか。
論理を確認するのか。
最後に自分で判断するのか。
その違いは、AIの性能ではなく、
使う側にあります。
AIが考えることを手伝ってくれる時代になりました。
だから、人間は考えなくてもよくなった。
そうではないと思います。
むしろ、
AIが考えてくれる時代だからこそ、自分は何を考え、何を判断するのか。
それが、これまで以上に問われるようになるのではないでしょうか。
AIに相談する。
そして最後は、自分で考える。
そんな関係でありたいと思います。

